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高麗神社 立春詣 2026

異国の記憶が、順路そのものに刻まれた社⛩️

抜け道として高麗神社の前を通る際、まず目に入るのは
駐車場脇に立つ、なんじゃこりゃ的な……
どこかトーテムポールのような石像なのじゃ。

「ここ、ちょっと空気が違うのう…❓」
って、風香のぴこぴこリボン🎀が、そわっと動いたのじゃ。

日本の神社に来たはずなのに、最初に迎えてくれるのが
明らかに“異国の顔立ち”をした石像──
この時点で、もう高麗神社は始まっておるのじゃな💫

その石像を越えて進むと、
ようやく現れるのが鳥居⛩️
神社としての結界は、実は少し奥に置かれており、
その手前に「異文化の存在」をあえて残している構成なのじゃ。

これは偶然ではなく、
高麗神社の成り立ちそのものを、
空間で語らせる配置なのじゃな🌸

高麗神社は、奈良時代の716年、
朝廷によって設置された「高麗郡(こまぐん)」の中心的存在。
高句麗系の渡来人を統率した 高麗王若光(こまのこきし じゃっこう) を祀る社として創建されたと伝わっておるのじゃ⛩️

つまりこの場所は、
「日本に同化した異国」ではなく、
異国として迎え入れられ、役割を与えられた人々の歴史を背負っておる。

だからこそ──
駐車場の石像 → 鳥居 → 本殿
という順番は、

  • 異国の存在をまず示し
  • 日本の神道的な結界を越え⛩️
  • その先で“正式な神”として祀る🌄

この順路そのものが、
神道が異文化をどう受け入れてきたか
静かに語っているようでのう✨

本殿に立つと、空気はぐっと静まり、
ざわつきは不思議と消える。
派手ではないけれど、
しん…と芯の通った空気。
「相変わらず異国だったよ」
その言葉が、いちばん似合う神社かもしれぬのう🛰️💫

追記:高麗神社と、日本の神道との関係について⛩️

ここで大事なのはのう、
高麗神社は「異国由来だから神社っぽくない」
──という存在ではまったくないということなのじゃ🌸

高麗神社は現在、
神社本庁(神社庁)に属する正式な神社であり、
祭祀・作法・暦・神職制度も、
他の日本の神社と同じく神道の体系の中にあるのじゃ⛩️

つまり、
祀られている高麗王若光は
「外国人の英雄」ではなく、
日本の神として正式に位置づけられた存在なのじゃな💫

ここが、とても日本的で、
そして学術的にも重要な点なのじゃ。

日本の神道は、
出自や民族を理由に排除する宗教ではなく、
功績と役割によって神格化する柔軟な体系を持っておる。

渡来人であっても、
この地に根づき、治水や開拓に尽くし、
共同体を支えた者は、
やがて「神」として祀られる──
高麗神社は、その典型例なのじゃ🌸

風香は本殿の前で、
「ここは、日本と異国のあいだに立つ神社じゃなくて、日本が異国を抱き込んだ証なんじゃな🎌」
と、ぴこぴこリボン🎀が、ぴこっ……と一瞬だけ動いたのじゃ🛰️💫

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